リスボンに憧れながら世界の片隅で砂を掴む

本、ポルトガル語学習、海外移住よもやま話。(※在住国はポルトガルではありません。)

『世界をこの目で』。対極の人の目を通して外国を見る。

自分とは対極の世界に生きる人が書いた本

黒木亮氏の『世界をこの目で』を、何とか読了した。

「何とか」という副詞がついたのは、文章が酷いとか面白くないとかそういう事が理由ではない、むしろかなり興味深い内容であった。では何が問題だったかと言うと、本を開いて一ページ目「はじめに」の段階で、私が苦手なタイプの在外邦人が書いた本であると察知してしまった事である。(極めて個人的な問題である。)

下記に冒頭を引用する。

 

外国を理解する一番の早道は、そこに住んだり、その国の人と仕事をしたりすることだろう。思い通りにいかない交渉に悩んだり、「なぜあんなことをいうのだろう?」と原因を調べたりしていくうちに、相手の国の社会、歴史、文化などが見えてくる。

『世界をこの目で』黒木亮

 

ここまでは「ウンウン、そうだな。」と、自分の経験を思い出しながら読み始めたのだが

 

このことを肌で感じたのは、金融マン時代に国際協調融資の主幹事として、世界中の参加銀行を説得していたときだ。全参加行が一字一句に同意しなければならない融資契約書を作るときなど、欧州、中近東、アジア、米州の金融機関と時差や人種の壁を越えて議論を戦わせ、あるときは説得し、あるときは折れ、合意を目指して一歩一歩進んで行きながら、十〜三十の外国を一気に体験した。

『世界をこの目で』黒木亮

 

世界を飛び回る金融マン。ちびまる子ちゃんの藤木」マインドを持つ私とは、対極の存在である。

過去数回、このような対極のタイプの人とホームパーティーなどで接触したことがあるのだが、生き様や価値観が違い過ぎて話が噛み合わなかった。私にとっては、DQNとはまた違う方向でコミュニケーションが難しい相手である。想像してみて欲しい、「大人になった藤木」と、国際金融マン、商社マン等のリア充の権化が、ホームパーティーで会話しているシーンを。居た堪れないであろう。

さらに、他の章でも

 

わたしは若い頃、深田祐介さんの『炎熱商人』や『革命商人』、城山三郎さんの『生命なき街』などを読んで、自分も物語に描かれたような苛烈な国際ビジネスの最前線で働いてみたいと憧れた。

『世界をこの目で』黒木亮

 

やはり別世界の人である。上記タイトルは古本屋などで見かけた事があるが、ワンコイン価格でも買わないし、タダで誰かから貰ったとしても読まないと思う。(人生の時間は有限である。)

 

そもそも何故この本を買ったのか?と疑問に思われるかもしれないが、著者・黒木氏が何をしている人なのか全く知らなかったからである。数年前「知らない作家が書いた旅行記」を読みたいと思い、hontoの旅行系ブックツリーの中でこの本に出会ったのだ。ちなみに、購入の際、中身の立ち読みもしていないし、レビューも確認していない。故に「外国での体験について書かれている」という情報しか持っていなかった。

 

「これは困ったぞ、最後まで読めるのか……。」と不安を抱えながら読み進めたが、これが中々面白い。特に、『第一章 世界をこの目で』『第二章 ロンドンで暮らす』、また第四章のカイロ留学記は興味深かった。驚いたことに、黒木氏はあのカイロ・アメリカン大学の中東研究科で修士号を取得している。(東京都知事が経歴詐称だ何だと騒がれたあの大学である。)

黒木氏はカイロ滞在時、フスハー(正則アラビア語。文語)で喋って笑われたり、赤痢で苦しんだり、謎の細菌に感染したりとハードな経験をされたようで、読んでいて刺激的で面白かった。ただ、自分自身は絶対に赤痢など経験したくないと思った。

謎の最近に感染する事なく、著者の目を通して海外を追体験出来る「読書」……つくづく素晴らしいものだと思う。

 

6言語の使い手・黒木氏 

『世界をこの目で』から少し話が逸れるが、黒木氏は、日本語と英語以外にもドイツ語、アラビア語、ロシア語、ベトナム語の会話ができるらしい。バイリンガルトリリンガルぐらいなら世界中にゴロゴロいるが、6言語も話せる人は中々いない。実際に『世界をこの目で』の中で、ロシア語などで外国人と会話をしている場面が出てくるので、氏の言語スキルは本物なのだろう。

また、6言語の内訳については「セルビア語とクロアチア語で2言語です」というようなチートも無しである。英語とドイツ語以外は言語学的に見てそれぞれ遠く離れている上、アラビア語とロシア語などは日本人には習得が大変難しいと言われている言語である。

勿論、全てネイティヴ並みに話せるというわけではなさそうだが、それでも会話が出来るレベルまで達する事は容易ではなく、黒木氏は常人を超えた努力家なのだろうと思う。(私など、ドイツ語もロシア語も少し齧った後に勉強する目的を見失って放置している。そもそも藤木マインドなのだから仕方ない。)

ちなみに、黒木氏の語学学習の姿勢については、下記プレジデントの記事に記載されている。

 

president.jp

 

1年間学び続けられれば、ビジネスに必要な英語力は習得できる。語学は人に習うものではなく、自分自身で身につけるもの。とくに英語は、誰もが学生時代に基礎を学んでいる。留学はもちろん、語学学校も必要ない。そもそも外国人講師に頼ろうという発想が間違っている。

(中略)

日本語しか解さない人は、鍵穴から世界を覗き込んでいるようなものだ。無駄な時間はいくらでもある。酒は最たるものだ。せめて飲む時間の半分でも、語学習得に向けてはどうだろうか。

『黒木 亮直伝! 自宅学習で5カ国語マスター』

 

上記プレジデントからの引用である。英語学習者は、学習者を食い物にする途上国やらリゾート地への留学を決める前に、自分にとって何が必要なのかよく考えた方がいいだろう。

また、「日本語しか解さない人は、鍵穴から世界を覗き込んでいるようなものだ。」という主張は『世界をこの目で』にも書かれているが、全くその通りだと思う。

(※だからと言って日本語を疎かにしていいと言っているのではない。外国語が上手でも日本語が出来ない日本語ネイティヴはどうかと思う、そのような人々は大体読書なんてしないパーティーピープルの可能性が高く、彼ら・彼女らと一緒の空間に放り込まれても「本日の天候」ぐらいしか話す事がない。)

 

おすすめの本から見えてくる「その人の本質」

さて、話を言語学習から『世界をこの目で』に戻す。

第四章の中の『心を打つ物語を探して』にて黒木氏のおすすめの本が紹介されているのだが、やはり自分とは全く違う世界を生きている人だと痛感した。私が今までに読んできた本や、人に勧めたいと思う本とは何一つ被らないし、恐らく今後買って読む事も無い本ばかりである。(私が欲しい和書はhontoのお気に入りリストだけで20万円を超えており、これ以上は金銭的にも時間的にも厳しい。)

黒木氏も私も同じ日本人なのだが、本質的には英国人と米国人ぐらいの距離がありそうだ。しかし、他人に勧められる本が「無い」「ワンピース」等としか答えられない人々よりは、親しみを感じる。

 

さて、この本を他の人に勧めるかどうかについては……少し迷うが、経済小説が好きな人や、時間的・金銭的に余裕がある人になら勧めると思う。私は経済小説やスポーツに全く興味が無いので、それらに関して書かれている部分は高速で読んだ。作品を一つ書く為に五百万円とか一千万円も経費をかけて取材する著者だけあって「経済ネタ」等は熱く濃くしっかり書かれており、テーマ自体に興味が無くてもノンフィクションやエッセイを好む人であれば読める内容である。ただ、スポーツの話だけは心の底から興味が無かったので、厳しかった。

 

最後に、『世界をこの目で』の中で、印象に残った箇所の中の一つを引用して終わりにする。

戦後を平和に豊かに生きてきた日本人には想像もつかない過酷な土地(キルギス)を、黒木氏のペンで抉り出し、目の前に突きつける一文である。

 

わたしが見た中央アジアは、日本でイメージされている悠久のシルクロードのロマンとはほど遠く、様々な民族が血を吐きながら生きてきた「恨みの大地」だった。

『世界をこの目で』黒木亮