リスボンに憧れながら世界の片隅で砂を掴む

本、ポルトガル語学習、海外移住よもやま話。(※在住国はポルトガルではありません。)

ジョージ・オーウェル、美味しい紅茶への熱いこだわり。

ジョージ・オーウェル」という名前を聞いて、人々は何を思い浮かべるだろうか?

1984動物農場?スペイン内戦?どれもこれも暗い話ばかりのイギリス人作家?

SNSの世界では何とかのひとつ覚えのように『1984』ばかり言及されるのだが、オーウェルが書き残したのは小説だけではない。短いエッセイも多数書いており、令和を生きる日本人が読んでも面白いと思える内容である。文体はシンプルでわかりやすく、英国流ユーモアも練り込まれている。当時の英国文化や精神が良く伝わってくるので、その方面に興味がある人や学習者は読んでみて欲しい……と言っても、私も全部読んだ訳ではないのだが。

 

そんなオーウェルのエッセイの中で一番面白いと私が思ったのは、オーウェルが紅茶作法について熱く語った作品である。タイトルは日本語に訳すと「一杯の美味しい紅茶」。他のエッセイと一緒にまとめたものが日本語訳されて販売されているが、下記ウェブサイトだと無料で読める。(興味がある人はリンク先へ飛んでみて下さい。)

 

www.orwellfoundation.com

 

1946年に書かれたものなので、食糧が配給制という話や、大鍋で煮た軍用紅茶が不味いというような話がチラチラ出てくる。今現在の世界の紅茶論とは少し離れてしまうかもしれないが、当時の英国の状況を文章を通して垣間見るようで面白い。

 

さて、オーウェルが語った美味しい紅茶の淹れ方11カ条について、項目だけ下記に紹介する。

(かなり意訳しているので、原文は上記ウェブサイトで確認して下さい。)

 

オーウェル氏の、美味しい紅茶11カ条

  1. 茶葉はインド産かセイロン産に限る。
  2. 紅茶は陶器のティーポットにて適量を淹れるべし。
  3. ポットは温めておくこと。
  4. 紅茶は濃くなければならぬ。
  5. 茶葉はティーポットに直入れせよ。漉し器など使ってはならぬ。
  6. ティーポットを薬缶の元へ持参せよ。薬缶を移動させてはならぬ。
  7. 茶葉に湯を注いだらティーポットは振るか混ぜるかし、茶葉が落ち着くのを待つべし。
  8. 紅茶は朝食用マグで飲むべし。
  9. ミルクを入れる前にクリームラインは除去せよ。
  10. 紅茶が先、ミルクが後。
  11. 紅茶に砂糖を入れるなど論外である。

 

項目9を理解するのに少々時間を要したのだが、要は、普段日本人が飲んでいる牛乳とイギリスの牛乳では、加工方法が異なるのである。低温殺菌かつ脂肪球を均一化しない加工方法を採った場合、牛乳の上部に「クリームライン」と呼ばれるクリームの層が浮いてくるというのである。『基礎から学ぶ紅茶のすべて』という本を読んでいて、クリームラインの存在を知った。(牧場などで搾りたて牛乳でのバター作りをした事のある人は、ミルクとクリームの分離過程を体験した事があるだろう。)

 

この牛乳は冷蔵庫に入れておくと、乳脂肪と一緒にカゼインミセルというたんぱく質が上部に浮かび、クリームの層ができる。この部分は乳脂肪分が18〜25%あり、クリームラインと呼んでいる。

実はこのクリームラインの部分がミルクと一緒にカップに入ることで紅茶を注がれたときに抜群においしいティーウィズミルクができあがる。

『基礎から学ぶ紅茶のすべて』 (磯淵猛、誠文堂新光社

 

『基礎から学ぶ紅茶のすべて』にはクリームライン入り紅茶が「抜群においしい」と書かれているが、オーウェルクリーミー過ぎてしつこい」と評している。結局どちらが美味しいのか、人それぞれなのだろうが、私自身はラクトース不耐で牛乳を飲むとお腹が急降下する為、飲んでみて判断する事はできない。ちなみに、少し前に英国産の牛乳を温めて飲んだら、半日トイレから出られなくなった。

 

項目10の紅茶とミルクの先入れ後入れ問題について、オーウェルの主張は分が悪い。

これも『基礎から学ぶ紅茶のすべて』に記載されているのだが、ファミリーエコノミスト(雑誌)、トワイニング、英国王立化学協会が「ミルクが先」の方が美味しいと結論づけている。

 

このようにイギリスの紅茶ファンを楽しませた紅茶論争は、2003年6月24日、英国王立化学協会に所属するアンドリュー・スティーブリー博士によってミルク・イン・ファーストがおいしさに優位性があることが化学的に立証され、一応の決着をみることになった。

『基礎から学ぶ紅茶のすべて』 (磯淵猛、誠文堂新光社

 

尚、同書にもオーウェル11カ条が掲載されているが、何故か11カ条の順番が原文とずれていたり、オーウェルの主張するところと少し離れてしまっているのではないかと思える部分があるので(クリームラインの項目について)、クリーム入り紅茶のようにしつこく書くが、原文を読んだ方が良いと思われる。11カ条の根拠についても書かれており、英国文化にも触れられ、しかも無料で読める、良いことづくめである。

 

ミルクが後か先か。結局、これも人それぞれ好きな淹れ方で良いと私は思う。

ただ、オーウェル式で紅茶を淹れれば、「オーウェルが親しんだ紅茶の味はこれか……。」と、浪漫を感じる事間違いなしである。

そのように楽しむのも良いではないか。